大阪地方裁判所における遺言無効確認請求訴訟の運用
更新履歴
2020年5月11日 記事公開
2021年5月11日 「大阪事件の顛末」を追加
はじめに
弁護士法人Boleroの弁護士小池智康です。
弊所では、現在(令和2年5月時点)受任案件の90%以上が相続案件という状況ですが、その中でもここ2年は遺言無効確認請求事件が増加しています。
相続案件のうち遺産分割や遺留分の事案は、越谷市・草加市・さいたま市など、弊所の近くにお住まいの方からの依頼が多いのですが、遺言無効確認請求に関しては、関東は勿論、全国各地からご相談やお問合せをいただいています。
これに伴い、遺言無効確認請求訴訟も各地の裁判所に係属していますが、その中で大阪地方裁判所において非常に参考になる運用がなされているためご紹介したいと思います。
一般的な遺言無効確認請求の手続
遺言無効確認請求は家庭に関する事件にあたり民事訴訟提起に先立ち、調停を経ることが必要とされています(調停前置主義、家事事件手続法257条1項、244条)。
そのため、原則、家事調停を申し立てた上で、遺言の有効性について協議を行い、不調であれば遺言無効確認請求訴訟を提起するという2段階の手続を踏む必要があります。
もっとも、家庭に関する事件と一口にいっても、離婚、遺留分、遺言無効など様々な事件があり、離婚についてはまずは調停で話し合いをするという発想は理解できますが、遺言無効主張について調停で話し合いをしたところで解決するとも思えません。
そこで、遺言無効確認請求をする場合は、実務的には、調停を経由せずに最初から民事訴訟を提起することが一般的に行われています。
遺言無効確認請求訴訟開始後は、認知症にかかわる事案を例にとると、ほぼ全件で当事者から医療・介護記録が証拠として提出され、その他、遺言作成の経緯等が主張立証されます。
医療・介護記録は、訴訟の帰趨に影響する重要な証拠となりますので、当事者の主張・反論もこの点について重点的に行われます。
医療記録・介護記録は専門的な内容を含みますが、これらの証拠を踏まえた遺言の効力の有無の判断は、裁判所の専権であることから、医療記録等に関して鑑定が必須というものではなく、また、鑑定を実施するには鑑定人の報酬を予納する必要があることから、それほど積極的には鑑定は行われていないのが実情と思われます。
遺言無効確認請求訴訟を扱う現場の感覚としては、鑑定が行われれば医療記録等の理解には有益ですが、他方で、鑑定申請から鑑定書が提出されるまでの手続的・時間的な負担、鑑定に要する費用の負担を考慮すると、鑑定には慎重にならざるを得ない事案が多いと感じています。
このような状況は、手続的・費用的な制約としてやむを得ない面もありますが、他方で、医療記録等に対する鑑定人(医師)の意見が示されることにより、審理がより充実し、実態に即した紛争解決の可能性が高まることを考慮すると、鑑定等の手続により医療記録等に対する専門家(医師)の意見を反映しきれていないという現状は、遺言無効確認請求訴訟の運用上の問題点ということができます。
大阪地方裁判所における遺言無効確認請求訴訟の運用
近時、弊所が扱った遺言無効確認請求訴訟で大阪地方裁判所に係属した事件(以下簡略化して「大阪事件」といいます)は、上記の遺言無効確認請求訴訟の運用上の問題点を解消する一つの運用モデルと思われますので、以下でご紹介いたします。
大阪事件の提訴までの手続に関しては、一般的な遺言無効確認請求訴訟の実務運用に沿って、調停を経ることなく民事訴訟を提起して、審理が開始されました。ここまでは一般的な遺言無効確認請求訴訟とことなる点はありません。
他方、大阪事件の第1回弁論期日における運用は、弊所で取り扱った他のどの裁判所とも異なるものでした。
具体的には、大阪事件では、第1回弁論期日において、訴状及び答弁書が陳述された後、今後の具体的な立証予定が原告及び被告の各代理人に確認されました。
そのうえで、医療記録・介護記録が一通り出揃い、主張・反論が一巡した時点で、医師を専門委員として関与させる前提で家事調停に付し、この家事調停において医師の意見を踏まえた遺言の効力に関する調停委員会の意見を徴求するという方向性が、担当裁判官から提案されました。
調停に付した後の手続としては、専門委員の医師が医療記録等を精査した上で、概ね2回目の調停期日において、専門委員(医師)から医学的な観点からの意見が口頭で示され、当事者間で協議が可能であれば調停で協議を継続し、協議不能であれば、調停委員会の意見書が作成された上で、審理を地方裁判所(民事訴訟)に戻すという流れになるとのことでした。
このような大阪地方裁判所の運用は、鑑定人による鑑定に比べて、専門委員の意見が口頭で示されるという点で簡易なものですが、その結果、手続の進行が迅速であり、鑑定費用が不要となる点で、当事者とりわけ原告側にとっては、非常に有益です。
遺言無効確認請求訴訟で遺言能力が争点になる場合、認知症の重症度等の判断に関して医師の専門的な知見を確認するニーズがありますが、他方で、医療過誤訴訟程の高度な医学的知見が求められる事案は多くないことから、鑑定費用の負担を考慮して、医師の知見を確認することを断念していた場合(経験上このような事例は非常に多いと感じています)、このような大阪地方裁判所の運用は有効な解決手法となり得ます。
追記:大阪事件の顛末
上記でご紹介した大阪事件は、調停に付された後、専門委員の医師から遺言者は遺言能力を欠いていた可能性が高いとの意見が示され、同じ調停手続内で、遺言が無効であることを前提として遺産分割協議が行われました。
遺産分割協議では、不動産の評価額が争点化したことから、速やかに不動産の評価に関する専門委員を選任し、不動産評価額の検討が行われました。
最終的には、裁判所から遺産分割案が提示され、調停手続内で、遺言の効力と遺産分割を一括して解決することとなりました。
大阪事件は、遺言無効確認請求訴訟を調停に付した上で、医師→不動産の専門家を順次専門委員に選任して争点に見通しをつけた上で、遺言無効確認請求だけでなく、それに続く遺産分割まで取り込んだ一括解決を実現したものであり、理想的な運用と言えます。
遺産規模が大きい事案では難しい場合もあると思われますが、遺言無効事件は、遺言無効確認請求訴訟→遺産分割調停・審判という手続的負担が重いという問題点への対応としては、非常に参考になると思われます。
まとめ
今回ご紹介した大阪地方裁判所の運用は、前提として、①第1回弁論期日の時点で、医療記録・介護記録、その他の一般的に想定される証拠が揃っており、進行の見通しが立てやすいこと、②安定的に医師を専門委員として確保できることが最低限必要と思われ、特に②の点は、東京地裁・大阪地裁等の大規模な裁判所は別としても、他の裁判所では現実的には難しい面があるかもしれません。
このような問題があるにしても、大阪地方裁判所の運用は遺言無効確認請求訴訟の実務上の問題点に有効な解決方法を提示するものであり、他の裁判所(弊所が取り扱った事件に基づきます)では取られていない特徴的な運用であることから皆様にご紹介する次第です。