遺言による資産承継と相続債務の機能
相続あんしん相談室の弁護士小池智康です。
今回テーマは、遺言で資産を承継させる場合における債務の機能についてです。
自分の資産を特定の人に承継させるために利用する方法としては、遺言がもっとも一般的だと思います。
遺言を利用すれば、誰に、どの財産を、どの程度承継させるかを決定することができます。
遺言を利用したいという方のニーズは様々ですが、事業の後継者である相続人や長男に資産の大半を承継させたいという希望は根強いものがあります。
このように特定の相続人に資産の大部分を承継させたい場合に問題になってくるのが、遺留分の存在です。
遺留分とは、被相続人の財産の中で、法律上その取得が一定の相続人に留保されていて、被相続人による自由な処分に対して制限が加えられている持分的利益をいうと説明されています(潮見佳男・相続法第4版)。要するに、遺留分の範囲の資産については、遺言でも処分が制約されるということです。
そうすると、特定の相続人に全ての資産の相続させるとの遺言を残しても遺留分を侵害することから、遺言の目的を達成することはできないのでしょうか。
資産が積極の財産だけというケースは残念ながら、遺留分による制約を受けることになりますが、積極財産に加え消極財産(負債)がある場合は工夫の余地があります。
遺留分算定の基礎となる財産の算定方法は、民法1029条が「遺留分は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価格にその贈与した財産の価格を加えた額から債務の全額を控除して、これを算定する。」と規定しています。
大まかに言えば、遺留分算定の基礎となる財産は、積極財産から消極財産を控除した残額ということになります。
例えば、積極財産が8000万円(不動産)、消極財産が7000万円(負債)がある場合、遺留分の算定の基礎になる資産の額は、1000万円ということになります。
上記の資産内容を前提にして、次のような事情があるとします。
・相続人は被相続人の子供二人である。
・相続人の一方に全ての資産を相続させるとの遺言がある。
この場合、もう一方の子供の遺留分は250万円になります。このケースでは、7000万円の負債があることで結果的に8000万円の積極財産のうち、7750万円を遺言により自由に処分できたということになります。
このように遺言により資産を承継させる場面において、負債は積極財産の処分に対する遺留分の制約を緩和する機能(遺言により遺留分の制約なく処分できる積極財産の額を増加させる機能)があります。
そうはいっても、結局、借金が多額では、実入りも少ないから意味がないのではないかとの疑問も浮かんでくるところです。
そこで、次回は、負債が積極財産の処分に対する遺留分の制約を緩和する機能を有効活用する具体的なケースを検討してみようと思います。