相続人の1人に関する学費の特別受益性を否定し、原審の認定した寄与分を減額した事例

遺産分割は、被相続人の遺産を法律にしたがって分割するという極めてドライな作業ですが、実際には遺産分割を媒介として過去の軋轢や兄弟間の不公平感・不満が噴出することが頻繁にあります。

そして、この過去の軋轢・不公平感が特別受益や寄与分の主張となって遺産分割調停・審判に登場し、審理を混乱・遅延させることになります。このような主張に対応し上手く処理していくことが円滑な遺産分割の解決に繋がります。

今回ご紹介する大阪高裁平成19年12月6日決定は特別受益や寄与分の判断に関して分かり易い指針を示しており、類似の事例に対応する際、参考になると思われますのでご紹介します。

争点

  1. 相続人間で学費負担に差異がある場合、当該学費は生計の資本としての贈与にあたるか
  2. 相続人が遺産に含まれる不動産について金銭を支出し、被相続人の農業に従事した場合の寄与分の有無及びその額

争点に対する判断

1、学費が生計の資本としての贈与にあたるか

被相続人の子供らが、大学や師範学校等、当時としては高等教育と評価できる教育を受けていく中で、子供の個人差その他の事情により、公立・私立等が分かれ、その費用に差が生じることがあるとしても、通常、親の子に対する扶養の一内容として支出されるもので、遺産の先渡しとしての趣旨を含まないものと認識するのが一般であり、仮に、特別受益と評価しうるとしても、特段の事情のない限り、被相続人の持戻し免除の意思が推定されるものというべきである。

2、不動産に関する支出及び農業従事が寄与分にあたるか

(1)不動産に関する支出と寄与分

Cの不動産関係の支出は、本件の遺産の形成や維持のために相応の貢献をしたものと評価できるけれども、本件建物の補修費関係の出費は、そこに居住するC自身も相応の利益を受けている上に、遺産に属する本件建物の評価額も後記のとおりで、その寄与を支出額に即して評価するのは、必ずしも適切でないこと、

(2)農業従事に関する寄与分

更に農業における寄与についても、Cが相続人間では最も農地の維持管理に貢献してきたことは否定できないが、公務員として稼働していたことと並行しての農業従事であったことをも考慮すると、専業として貢献した場合と同視することのできる寄与とまでは評価できないこと、Cは、もともと、親族として被相続人と相互扶助義務を負っており、また、被相続人と長年同居してきたことにより、相応の利益を受けてきた側面もあること等本件の諸事情を総合考慮すれば、Cの寄与分を遺産の30%とした原審判の判断は過大であって、その15%をもってCの寄与分と定めるのが相当というべきである。

判断のポイント

1.争点1‐学費が生計の資本としての贈与にあたるか

特別受益は、被相続人が相続人に対してした贈与すべてを含むものではなく、「生計の資本としての贈与」に限定されています。生計の資本としての贈与がどのようなものかについて、文献等では「生計の基礎として役立つ程度の贈与」などと説明されていますが、この説明は判断基準としてはやや使いにくいと言わざるを得ません。

生計の資本としての贈与の意義につき、最高裁は次のとおり「相続分の前渡」と判断しており、この判断が実務的には重要と言えます。

《最判昭和51年3月18日民集30巻2号111頁》 被相続人が相続人に対しその生計の資本として贈与した財産の価額をいわゆる特別受益として遺留分算定の基礎となる財産に加える場合に、右贈与財産が金銭であるときは、その贈与の時の金額を相続開始の時の貨幣価値に換算した価額をもつて評価すべきものと解するのが、相当である。けだし、このように解しなければ、遺留分の算定にあたり、相続分の前渡としての意義を有する特別受益の価額を相続財産の価額に加算することにより、共同相続人相互の衡平を維持することを目的とする特別受益持戻の制度の趣旨を没却することとなる

そもそも、特別受益は、遺産分割(又は遺留分)において考慮されるものですので、ここで考慮される「生計の資本としての贈与」が遺産分割と同等のもの、すなわち「遺産の前渡」であるものに限定されるのが自然と言えます。

そのため、親族間の相互扶助義務の範囲の贈与や少額の贈与などは生計の資本としての贈与にあたらず、特別受益にならないということになります。

本決定における、学費は「通常、親の子に対する扶養の一内容として支出されるもので、遺産の先渡しとしての趣旨を含まないものと認識するのが一般であり」との判断は上記最判を前提にしたものと言えます。

そして、親が子供に施す教育は、親の子供に対する扶養義務の履行として行われるものである=遺産の前渡しではないとのロジックで学費の特別受益性を否定しています。

もっとも、これだけでは、兄弟姉妹間で学費支出に差異があるという不公平感に対する答えになりませんし、また、この不公平感が正当化できなければ、やはり学費負担が特別受益にあたるとの議論が残ってしまいます。

そこで、本決定は、「大学や師範学校等、当時としては高等教育と評価できる教育を受けていく中で、子供の個人差その他の事情により、公立・私立等が分かれ、その費用に差が生じることがあるとしても、通常、親の子に対する扶養の一内容として支出されるもの」と判示し、子供の個性等に応じた教育を施した結果、その費用に差異が生じたとしても、この差異は親の扶養の一内容として合理的な範囲であり、生計の資本としての贈与あたるものではないと判断したものと思われます。

被相続人が生前に行った贈与は、自己の財産の処分であり、相続人といえども他人が干渉することはできないのが原則です。特別受益の制度は、このような被相続人の処分行為に対して、例外的に干渉する制度であるとの観点から特別受益にあたるかを判断することも重要であると思われます。

2.争点2‐不動産に関する金銭支出及び農業に従事したことが寄与分にあたるか

本件では、寄与分を主張しているCは、被相続人所有の本件建物に同居して、その補修費用等を支出したと経緯があります。

本件建物は被相続人の所有であり、他方、補修費用はCが支払ったとの事実に着目すると、Cは他人である被相続人所有の本件建物のために金銭を支出したことになり、この支出が寄与分になるとの主張がでてきます。これがC側の主張です。

もっとも、Cは被相続人と本件建物に同居しており、Cがした支出はC自身(及びその家族)が本件建物に共住するために支出したとの側面もあります。親子間の同居では、親所有の自宅に子供が居住するかわりに、その維持費は子供が支払う場合、生活費を子供が支払う場合など、生活全般に必要な不動産、労力、資金などを出し合って協力して生活しているという実態があります。Cの寄与分の主張は、この全体的な協力関係のうち、一部に過ぎないCの補修費用の支出を切り取って主張しているものであり、問題があると言わざるを得ません。

この趣旨で本決定は、「本件建物の補修費関係の出費は、そこに居住するC自身も相応の利益を受けている」との指摘をしたものと思われます。

また、Cからは、農業に従事したことについて寄与分の主張がされています。Cは公務員として稼働しつつ、農業に従事したいわゆる兼業農家であり、今日の農家のありかたとしては極めて一般的であると思われます。

寄与分は、被相続人の財産の維持貢献に特別の貢献をした場合に認定されるものですが、親族間には相互扶助義務(互いに助け合う義務)があるため、Cが農業を手伝った=寄与分にはなりません。

また、Cの農業従事の形態は、専業ではなく本業である公務員と並行して農業に従事したという程度のため、専業農家との比較でいうとその貢献の程度は低いと言わざるを得ません。

以上の趣旨を踏まえ、本決定は「公務員として稼働していたことと並行しての農業従事であったことをも考慮すると、専業として貢献した場合と同視することのできる寄与とまでは評価できないこと、Cは、もともと、親族として被相続人と相互扶助義務を負っており」と判示したものと思われます。

本決定は、原審判が寄与分を遺産総額の30%としたのに対し、これを変更し、遺産総額の15%を寄与分と判断しました。この判断の差異は、被相続人とCの生活実態をどこまで寄与分に取り込んで評価するかにより生じたものと思われます。

本決定は、被相続人とCが同居していたという生活実態の全体に目配せをして、寄与分の判断をしたという点で、寄与分判断のための事実関係を幅広く考慮しており、参考になると思われます。

以上

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