遺留分の金銭債権化による遺留分権利者のメリットと注意点を相続弁護士が解説
更新履歴
2019年 6月 5日 記事公開
2021年 1月21日 印紙代への対応方法を加筆
1.はじめに
平成30年の民法(相続法)改正により、相続に関する民法の規律が大きく変更されました。そのなかでも遺留分に関する規定は、遺留分制度の構成を根本から変更するものであり、相続実務への影響が大きい部分です。
そこで、今回は遺留分に関する改正のもっとも重要なテーマである遺留分の金銭債権化について、弊所でご相談が多い遺留分権利者(遺留分を請求する側)の視点から解説します。
2.遺留分の金銭債権化とは
遺留分の金銭債権化とは一言でいうと、遺留分を金銭で支払うように請求できるということです。改正後の条文では次のように規定されています。
遺留分を金銭で請求できるようになったと言っても、一般的な感覚としては遺留分を請求したい=「金銭で解決」のため、むしろ当然のことと思われる方も多いと思います。この点は、改正前の遺留分の規定・解釈と比較すると遺留分の金銭債権化の意味が分かりやすくなります。
改正前の民法では、遺留分を請求すると(遺留分侵害額請求)、遺留分権利者は、遺留分を請求された相手方と遺留分の割合で対象財産を共有することになると解釈されています(物権的効力説)。
そのため、遺留分侵害額請求をしても当然に金銭を受け取ることができるわけではありません。実際、遺留分侵害額請求訴訟では、共有持分が存在すること又は共有持分権の移転登記を請求するという対応がされています。
もっとも、遺留分権利者の多くは金銭的解決を望んでいるため、遺留分侵害額請求訴訟では、金銭を受領する内容で和解が成立することが通例です。遺留分の金銭債権化はこのような実務の現状に沿った改正と評価してよいでしょう。
また、遺留分の金銭債権化に伴い、裁判所が支払期限を定める制度が設けられました(改正民法1047条5項)。
金銭債権化された遺留分は、期限の定めのない債務であり、遺留分権利者により金額を特定して請求された場合、当該請求の日の翌日から履行遅滞になり、遅延損害金が発生することになります。
そして、遺産の内容や遺留分を請求された相手方の状況によっては、遺留分に相当する債務を直ちに支払うことが困難な場合もありうることから、裁判所により期限を定める(この期限までは遅延損害金が発生しない)ことができるとしたものです。
現在の実務では、すでに触れたとおり、遺留分の問題の多くが金銭を受領する内容の和解により終了しており、この際、支払い能力を考慮して支払期限を設定しているという現状があります。そのため、支払期限の許与という制度も、現在の実務の運用を制度レベルに取り込んだ改正と評価できます。
以上をまとめる、民法改正により、遺留分は金銭として請求できるという実際の処理にそったシンプルな制度になり、これに伴い、支払期限を設定するという制度が新設されたということになります。
3.遺留分の金銭債権化が遺留分権利者にもたらすメリット
遺留分を請求する立場の相続人としては、遺留分の金銭債権化が遺留分権利者にとってどのようなメリットがあるのかは気になるところです。特に、相続法改正に関する書籍では遺留分減殺により共有関係が生じることが事業承継の足かせになっている等、専ら遺留分を請求される側の立場での説明が多く、遺留分権利者側のメリットにはあまり言及されていません。
そこで、あくまで個人的な見解ですが、遺留分権利者にとってのメリットを明らかにしたいと思います。
遺留分が金銭債権化したことによる最大のメリットは、遺留分を金銭で回収することが極めて容易になったということです。
繰り返しになりますが、改正前の民法では遺留分侵害額請求の効力は対象となる財産を遺留分割合で共有にする効力を有する(物権的効力説)とされていました。そして、民法では、共有物の管理は持分多数決で決定するとされているため、遺留分侵害額請求をして共有持分を取得しても、多くの場合、共有持分割合では過半数に満たないため、遺留分権利者は、共有持分を取得する実質的なメリットがありません。
そこで、従来の遺留分権利者は、共有持分を取得することを避けて金銭的な解決を求めるという方向で対応していました。
ところが、改正前民法では、遺留分権利者側から遺留分を金銭で請求することはできず、遺留分侵害額請求の相手方が価格弁償を選択した場合のみ金銭で支払いを受けることができるという制度設計になっていました。
そのため相手方から遺留分額のディスカウント狙いで共有で構わないとの対応をされた場合への対処に問題が生じていました。
対応方法としては、一旦遺留割合で共有とした上で、共有物分割訴訟を行い金銭化する方法があります。この場合、遺留分侵害額請求訴訟と二段階の手続になるため、手続的負担が重いという難点がありましたが、遺留分が金銭債権化したとこで、このような懸念は解消され、遺留分侵害請求訴訟1本で解決ができるようになりました。
遺留分侵害額請求訴訟⇒共有物分割訴訟という流れは、理屈で説明するのは簡単ですが、遺留分権利者の時間的・金銭的負担は非常に重いため、このような負担がなくなるというメリットは遺留分権利者にとって大きなメリットであると言えます。
また、相手方が価額弁償をする方向で遺産の評価額を検討する段階でも、遺留分の金銭債権化は、遺留分権利者にメリットをもたらします。
改正前民法の場合の二段階の手続を避けるために評価面で譲歩する必要がなくなったということに加え、遺留分の対象財産の評価額について、相手方から共有物減価の主張がされなくなり、評価額の審理で無駄な争点が発生しなくなります。
共有物減価とは、遺留分侵害額請求の結果、遺留分権利者が共有持分を取得したことを前提に、共有持分の利用・換価に対する制約を理由として評価額を減額することをいいます。遺留分侵害額請求においては、共有物減価は通常認められていませんが、相手方としては、不毛な主張でも争点を増やすことにより粘り勝ちを狙うというのがセオリーですので、このような対応ができなくなるという点からも、遺留分の金銭債権化は有意義と言えます。
以上のとおり、相続法改正における遺留分の金銭債権化は、遺留分権利者にとっても、迅速に遺留分を回収することを後押しするものであり、メリットが大きいと評価できます。
4.遺留分の金銭化に関する注意点
既にご説明したとおり、遺留分の金銭債権化は基本的には遺留分権者にとってメリットのある改正ですが、何点か注意しておくべき点があります。
(1)注意点その① 遅延損害金の問題
相続法改正により金銭債権化された遺留分侵害請求権は、期限の定めのない債務とされているため、遺留分の請求をしないと遅延損害金が発生しません。そのため、遺留分の請求は早めにしておく必要があります。
ここで注意していただきたいのは、時効中断のための遺留分の請求=遅延損害金を発生させる請求ではないということです。
前者は、遺留分侵害請求の同一性がわかる程度に特定された請求であれば足り、請求金額を明示する必要はありません。
遺留分侵害請求は短期消滅時効が規定されており、遺留分問題の初期におこなう時効中断の通知に請求金額の明示まで求めることは過剰な要求であること、遺留分侵害請求であることがわかれば権利行使の意思は明確であること等が理由です。
他方、遅延損害金を発生させるには、請求金額を特定して請求する必要があります。
遺留分問題の解決には、1年以上の期間を要することが多く、金額も大きくなるため遅延損害金の額も馬鹿になりません。事案によっては、遅延損害金の回収も視野に入れて対応をする必要があります。
遺産に収益不動産が含まれる場合、遅延損害金は、理屈上は、金銭化された遺留分についての損害金ですが、改正前民法における「果実」に相当する側面もあることに注意する必要があります。
改正前民法1036条では、受遺者は遺留分侵害額請求の翌日からの果実を返還しなければならないと規定していたところ、「果実」には賃料を含むことから、改正前民法が適用される場合、遺留分侵害額請求の翌日から発生する賃料を遺留分割合に応じて取得することができます(これは、遺留分権利者が共有持分を取得したことにより生じます)。
他方、相続法改正により遺留分が金銭化されたことにより、遺留分権利者は共有持分を取得せず、その結果、果実を取得することもできなくなりますが、その代わりに遅延損害金の請求ができるとの制度設計に変更されたことになります。
そうすると、遺留分の金銭債権化後の遅延損害金は、実質的には改正前民法の賃料(果実)に相当するという側面を有することになります。実務上は、和解の場合、遅延損害金は請求から除外するとの運用が一般的になっておりますが、上記のような遺留分における遅延損害金の性質を考慮した場合、遅延損害金を厳密に請求する必要のある事例もでてくるものと思われます。
(2)不動産の評価額の調査
繰り返しになりますが、改正前の民法では、遺留分侵害額請求=共有持分の取得という法定な効果になるため、遺留分侵害額請求訴訟で請求する内容は共有持分の確認又は移転登記という内容になります。
この場合、不動産の詳細な評価は後回しにして、遺留分割合を請求する(例えば、共有持分4分の1の所有権一部移転登記手続を求める)内容で訴訟を始め、不動産の評価を検討する段階で本腰をいれて調査するということも可能でした。
他方、改正相続法では、遺留分が金銭債権化されたことにより、遺留分侵害額請求訴訟を提起する段階で請求金額を特定する必要があり、そのため提訴時点で不動産の評価額を決める必要がでてきます。この際、「とりあえず」の評価額を前提に請求金額をきめてしまうと、訴訟が進行してから請求額を変更する等の事態になり、それまでの審理の一部が無駄になる等の悪影響がでる可能性もあります。
評価額が変動することはやむを得ない部分もありますが、大幅な変更は審理を混乱させる原因になるため、訴訟開始段階である程度正確な不動産の評価をしておく必要があります。
(3)収入印紙の問題
最後は収入印紙の問題です。
遺留分侵害額請求訴訟を起こす場合、その請求額に応じて、手数料として収入印紙を貼付する必要があります。
改正前民法では、共有となる財産の種類に応じて手数料算定のための評価をしており、一般的に遺産の価値の多くを占める土地に関しては、固定資産評価額の2分の1を時価とするとされていました。
固定資産評価額自体が時価よりも割安に設定されている上に、その2分の1を時価とするとの処理ですので、実際の遺産規模に比して、印紙代は安くすんでいるのが現状と思われます。
他方、遺留分が金銭債権化されると、その請求金額は固定資産評価額よりも高い時価評価を基礎として請求金額を決めることになります。その上、固定資産評価額を2分の1とするといった手当もないため、同一事案でも印紙代が大幅に高くなります(遺産が土地だけであれば2倍以上になる)。
遺留分侵害請求が高額になると印紙代も馬鹿になりませんので、案件着手時には、弁護士費用に加え、印紙代についても目配りをする必要があります。
印紙代への対応方法としては、訴訟救助の申立により印紙代納付を猶予してもらう方法、弁護士費用保険を利用して印紙代を確保する方法があります。弁護士費用保険については、近時、紛争発生後でも利用可能な保険契約が提供されており、弁護士費用等の確保の有力な選択肢になっております(アテラ:https://www.legal-security.jp/)。
なお、遺留分問題は調停申立も可能であり、調停の場合は印紙代は低額ですみます。そのため、比較的シンプルな事案では調停申し立てを選択するということも視野にいれて対応すると良いでしょう。
以上、相続法改正における遺留分の金銭債権化についてメリットと注意点をご説明いたしました。遺留分問題でお悩みの方は弁護士法人Boleroまで遠慮なくご相談ください。