相続分譲渡-相続人が多い場合や遺産分割から脱退する場合に有効-
遺産分割協議に参加しない方法はどのようなものがありますか
昨年、父がなくなりました。相続人は、私を含む子供たち5人ですが、私は実家から離れて暮らしており、遺産分割協議に参加するのは大変です。また、遺産については、父の晩年を看た長女がもらうのがいいと思っています。このような場合、どのような対処法があるでしょうか?
相続分譲渡という方法が実務では利用されています
事実上最も多くとられている方法としては、他の相続人に協議を委ねておき、そこで決定された分割内容にしたがうという方法です。特別な手続が必要なく、最後の遺産分割協議書の作成にだけ関与すればいいのである意味では負担が軽い方法と言えます。
もっとも、この方法は、他の相続人間で協議が整わない場合、遺産分割調停等の当事者になる可能性が残っていますので、遺産分割協議との関係を完全に解消したとは言えません。そこで、実務上、相続分譲渡という方法を使う場合があります。
相続分譲渡とは、相続人が有する相続分を当該相続人以外の者に譲渡(有償・無償を問いません)することをいいます。相続分の譲渡は、相続分の一部を譲渡することも可能です。相続分を譲渡する相手は、共同相続人でも共同相続人以外の第三者でも構いません。
民法は相続分譲渡を直接には規定していませんが、民法905条が相続分の取戻権を規定していることから、相続分の譲渡は当然に可能とされています。なお、民法905条の取戻権の対象とされているのは、共同相続人以外の第三者への相続分の譲渡ですので、厳密に考えると、この条文を根拠として可能になるのは共同相続人以外の第三者への相続分の譲渡だけであるとも考えられます。しかし、敢えて禁止するまでの理由もないことから、共同相続人への相続分の譲渡も可能とされています。
民法905条第2項は、共同相続人は、相続分の譲り受け人に対し、相続分の取戻権を行使することができると規定しています。
相続分の譲受人は、相続人と同様に遺産分割協議の当事者になり、他の共同相続人は、相続分の譲受人と遺産分割協議をしなければいけなくなるものであるところ、本来、遺産分割協議は、法定相続人が当事者として行われるものであることを考慮し、相続分を譲渡した当事者以外の共同相続人に取戻権を付与したものと考えられます。相続分の取戻権は条文上1ヶ月以内に行使しなければならないとされていますが、相続分の譲渡がなされたことは、他の共同相続人が当然に認識しうる事柄ではないことに照らし、相続分譲渡の事実を他の共同相続人に通知してから1ヶ月以内に行使することを要する趣旨であるとの見解も主張されていますが、条文上は通知をようするとはされていません。
なお、遺産分割協議に法定相続人以外の第三者が当事者になる場合として、包括遺贈がなされた場合の包括受遺者が挙げられますが、包括受遺者については、相続分の譲渡とは異なり相続分の取戻権は定められていません。これは、被相続人の意思でなされた包括遺贈を尊重する趣旨であると思われます。
相続分を譲渡した相続人は、遺産分割協議の当事者ではなくなりますので、それ以降、法律上も遺産分割協議に参加する必要はなくなります。
裁判前であれば、相続人間の遺産分割協議に参加する必要がなくなりますし、調停・審判の申し立てとの関係では、これらの手続きの当事者にならなくてよいということになります。したがって、遺産分割協議に関与したくない場合は、相続分の譲渡をするという方法がもっとも有効であると思われます。
調停・審判手続を申し立てる前に相続分の譲渡をした場合、相続分を譲渡した方は、調停・審判の申し立ての際に当事者とする必要はありません。この場合は、相続分譲渡証書に署名・押印(実印)し、印鑑証明書を添付します。
調停・審判申立て後に相続分の譲渡をした場合には、手続が異なります。
この場合、調停・審判の手続上は、一度、当事者とされていることから、相続分譲渡証書・印鑑証明書を提出し、裁判所から排除決定(相続分譲渡により当事者から除外してもらう手続)を受ける必要があります。この決定に対して、異議申し立て(即時抗告)をすることができますが、自ら相続分を譲渡した当事者が即時抗告をすることは考えにくいため、実務上は、相続分譲渡証書に加え即時抗告権放棄書を裁判所に提出する運用をしています。
遺産分割協議は相続人間の人間関係が複雑な場合も多く、何度も書類のやり取りをしているうちに当初の話が変わってしまうこともあります。そこで、必要書類については、一度にまとめて取得することが大切です(もちろん、事案によりますが)。
参考条文 民法905条 相続分の取戻権
1 共同相続人の一人が遺産の分割前にその相続分を第三者に譲り渡したときは、他の共同相続人は、その価格及び 費用を償還して、その相続分を譲り受けることができる。
2 前項の権利は、一箇月以内に行使しなければならない。