相続分譲渡の課税関係-共同相続人以外の第三者(自然人)への譲渡-
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2015年 9月14日 記事公開
2021年 1月 4日 「弁護士小池のコメント」追加
共同相続人以外の者(息子)に相続分を譲渡した場合どのような課税がされますか
昨年、父が100才でなくなり相続が開始しました。相続人は、長男の私と、次男の2人です。私は現在、70才のため、相続分は私の息子に譲渡して息子に父の遺産を取得してもらおうと考えています。この場合、私と息子にはどのような課税がされますか。
相続分の譲渡人は相続税及び譲渡所得税(有償譲渡の場合)、相続分の譲受人は贈与税(無償取得の場合)が課税されます
相続分が共同相続に以外の第三者に譲渡された場合の課税関係は、大きく分けると、①相続人として相続税を申告するものがだれか、②相続分を譲渡したことに対する課税があるか、という2つの局面に整理できます。そこで、これを前提に課税関係を検討します。
① 相続人として相続税を申告するものはだれか
相続税法1条の3第1項1号は「相続又は遺贈(贈与をした者の死亡により効力を生ずる贈与を含む。以下同じ。)により財産を取得した個人で当該財産を取得した時においてこの法律の施行地に住所を有するもの」に相続税の納税義務がある旨規定しています。
本件のように相続分の譲渡を行った場合、これにより相続分の譲受人が相続税の納税義務者になるのかという点について検討することになります(相続分の譲渡が相続税法1条の3第1項1号の「相続」に含まれるのかという問題です)。
相続分の譲渡とは積極財産と消極財産とを包括した遺産全体に対する譲渡人の割合的な持分が譲受人に移転することをいいますが、この包括的割合的持分という点を強調して、相続人たる地位を承継すると考えると、相続分の譲渡は
相続税法1条の3第1項1号の「相続」に含まれると考えることができます。
しかし、相続分の譲渡とは、遺産に対する割合的持分を譲渡するものであり、相続人としての地位を譲渡するものではありません。また、相続税法1条の3第1項1号の「相続」と民法における「相続」は、法的安定性の観点から同じ意味に理解するべきですが、民法は法定相続人を定めており、これ以外の相続人を認めない趣旨と考えられます。
そうすると、相続分の譲受人が共同相続人でない場合は民法が定める法定相続人にあたらないため、相続分を取得したことは相続税法1条の3第1項1号の「相続」にもあたらないことになります。
以上を前提にすると、本件では、息子さんは納税義務がないため、相続税の申告をする必要はありません。法定相続人である相談者が相続税の申告をすることになります。
② 相続分を譲渡したことに対する課税があるか
息子さんが相談者の相続分を無償で譲り受けた場合、遺産に対する割合的持分を対価を支払わずに取得したことになりますので、息子さんには贈与税が課税されることになります。この結論は共同相続人に対して相続分を無償で譲渡した場合、相続分の譲受人に贈与税が課税されないことと取扱いが異なりますので注意が必要です。
共同相続人間の譲渡の場合、譲受人は相続税の納税義務者であるため、相続税という枠内で課税関係が処理されますが、共同相続人以外の者が相続分を譲り受けた場合、上記①のとおり相続税の納税義務が課されないことから、相続分の無償譲渡に関する課税関係に違いが生じる点に合理的理由があるものと思われます。
弁護士小池のコメント
相続人以外の第三者に対して相続分を譲渡した場合、譲渡人は相続税・譲渡所得税、譲受人には贈与税(無償の場合)が課税されることになります。この結論は、理論上はやむを得ないものと言えますが、このような課税関係となる処理をすべきではありません。端的に言えば、参考裁判例の事例は、課税関係を考慮せずに法律的な処理をした税務の失敗事例であると言えます。
本事例のように相続人が高齢であるなどの理由で、その子供に相続させたいという要望は実務的には珍しくありませんが、このような場合は、予め養子縁組や遺言により遺産を相続させたい者を相続の枠組みに組み入れておくのが無難です。
相続人間の人間関係により、養子縁組・遺言による対処が困難な場合は、一旦、相続人が相続により遺産を受領した後、相続税対策をしつつ財産を移転するのが妥当です。本件の事例は恐らくこのような方法は迂遠であり、より直接的な遺産の移転方法として、相続分譲渡という方法を選択したものと思われますが、相続案件では、捻りのある処理をすると税務上の問題が生じることが多くあります。
相続分譲渡は、法律上の手続が簡単で使い勝手が良いため、実務上頻繁に利用されますが、課税関係や税務上の手続も検討した上で、実行する必要があります。
本事例は、相続分譲渡を行う際は、課税関係も視野に入れることの重要性を示唆するものであり、参考になります。
参考裁判例
さいたま地裁平成17年4月20日
2 争点2(共同相続人以外の者が共同相続人から相続分を譲り受け、その後の遺産分割により財産を取得した場合に相続税の納税義務者に該当するかどうか)について
(1) 相続税法1条1号において規定する納税義務の前提となる「相続」の概念は、私法における「相続」と同じ意味に解すべきであるところ、民法882条等における「相続」とは、自然人の財産上の地位を、その者の死亡を原因として、相続人と称する特定の者に包括的に承継させることであり、民法は、相続人を配偶者のほか、法律に定められた被相続人の一定の範囲の近親者に限定して定め、それ以外に被相続人の指定によって相続人を創設することはできないと解される。そうすると、第三者ないし相続人が、新たに法定外の相続人を創設することを許容するものでないことは明らかである。したがって、原告らは、亡Aの養子であるDの子であり、亡Aの法定相続人ではないから、相続人となることはできず、相続税法1条1号の「相続」により亡Aの財産を取得した個人に当たらないというべきであり、相続税の納税義務者ではないというべきである。
(2) これに対し、原告らは、民法909条本文を根拠に、相続分を譲り受けた者は初めから相続人であったことになると主張する。しかし、遺産分割の遡及効を規定した民法909条本文の趣旨は、被相続人に属していた一切の権利義務がいったん共同相続人の共有に属し、これが後になされた遺産分割という手続により、個々の財産が特定の相続人に分割・帰属したことを、この間の法律関係の簡明化を図るとの観点から、それぞれ被相続人からの直接の承継であるかのごとく法律構成するために設けられた擬制であり、相続開始によって共同相続人が遺産共有の状態にあったことまで否定するものではない。相続分の譲受人である第三者が遺産分割により現実に財産を取得するのは、飽くまで相続により相続人がいったん取得した相続分の譲受けによるものであり、相続開始後に発生した相続人の譲渡行為に基因するものであるから、当該第三者は、遺産分割協議によって財産を取得したとしても、直ちに民法上の「相続」により財産を取得したということはできないのである。したがって、原告らの上記主張は失当である。
3 争点3(本件で原告らが遺産分割協議の結果得た利益に贈与税を課すのが相当かどうか)について
原告らは、亡Aの相続財産を本件遺産分割協議によって具体的に取得しているが、原告らに自らの相続分の一部を譲渡し、原告らを遺産分割協議に参加させた相続人C及びDの合理的な意思は、前後の状況からして自らの相続分の範囲内で、原告らに相続財産の一部を取得する地位を付与することにあったというべきである。そして、前記のとおり、原告らは相続税の納税義務者ではないので、原告らが本件遺産分割協議により土地に対する共有持分権を取得し債務を承継した結果受けた経済的利益は、対価を支払わないで共同相続人から受けた経済的利益であって、経済的実質において、贈与と同じであるから、原告らは、相続税法1条の2第1号にいう「贈与に因り財産を取得した個人」に当たるというべきであり、仮にそうでないとしても少なくとも原告らは、相続税法9条の「対価を支払わないで利益を受けた場合」に当たるというべきであるから、原告らについては贈与税が課税されるべきである。原告らの主張は独自の見解であり採用できない。
なお、原告らは、「本件相続分一部譲渡契約や遺産分割協議において原告らが亡Aの債務を承継した事実はないのに、被告が贈与税の計算に当たり債務を控除して計算しているのは矛盾である。」旨主張する。しかし、〈証拠略〉によれば、原告らは平成12年6月20日付の相続税の修正申告書において、債務及び葬式費用として、原告X1は2655万9160円を、原告X2と原告X3はそれぞれ2586万5678円を引き継いだ旨記載していることが認められる。そうすると、原告らの議論は前提を異にするものであり、被告において本件各決定処分において原告らが遺産分割によって得た利益から債務を控除して税額を計算したことに不合理な点はない。
東京高裁平成17年11月10日
3 争点3(本件で控訴人らが遺産分割協議の結果得た利益に贈与税を課すのが相当かどうか)について
(1) 上記2で検討したとおり、控訴人らは、本件相続分一部譲渡により相続分を取得したとはいえないから、本件相続分一部譲渡を根拠として控訴人らが相続法1条1号にいう「相続に因り財産を取得した個人」に該当するとはいえない。
(2) そして、本件遺産分割協議では、亡Aの相続財産について相続分を有するC、D、Eの3名のほかに控訴人らも加わり、亡Aの相続財産を分割することの合意をしているところ、前記1で引用した事実関係に照らすと、控訴人らを遺産分割協議に参加させたC、D、Eの3名の合理的な意思は、C及びDの相続分の範囲内で、控訴人らに相続財産の一部を与えることに合意したものというべきであるから、本件遺産分割協議は、C、D及びEの間における遺産分割協議とともに、C及びDから控訴人らに対する相続財産の一部の贈与契約が同日に締結されたものと解するのが相当である(本件では、遺産分割協議書が作成され、C及びDの署名押印があるから、この遺産分割協議書をもって、控訴人らに対し書面による贈与が行われたと見ることができる。)。したがって、控訴人らは、本件遺産分割協議の時点で、C及びDから相続財産の一部を贈与契約により取得したものというべきであるから、控訴人らは、相続税法1条の2第1号の「贈与(中略)に因り財産を取得した個人」に該当し、贈与税の納税義務を負うものである。
(3) 控訴人らは、「控訴人らが、相続税の修正申告書において、遺産分割協議により相続財産を取得した割合に応じて被相続人の債務及び葬式費用を控除して相続税を計算したのは、相続分の譲渡が被相続人の積極財産及び消極財産を包括的に承継するものであるとの法解釈に基づき、相続税の算定に当たり、亡Aの相続債務を控訴人らが各々負担したとして申告したものである。しかし、本件遺産分割協議書には、債務の承継について何ら触れられていないし、債務引受の事実もないのであるから、原判決の立場を前提とした場合、債務が承継され、負担付贈与になる理由がない。」と主張するところ、上記主張は、上記(2)のような考え方に対する批判としても検討する必要がある。
ところで、贈与税の課税標準については、納税義務者がその年中における贈与により取得した財産の価額の合計額をもって、贈与税の課税価格とすることとされている(相続税法21条の2)が、負担付贈与に係る贈与財産の価額は、贈与を受けた財産の通常の取引価額から負担の金額を控除した残額と解すべきである。そして、被控訴人は、控訴人らに対する贈与税の算定において、控訴人らの提出した相続税の修正申告書における被相続人の債務及び葬式費用の記載に基づき、控訴人らに有利な扱いとして上記債務等を控訴人らの負担として扱い、そのことを前提にして贈与により控訴人らの取得した財産の課税価格及びこれによる贈与税額を算定したものであって、控訴人らにおいて、上記債務等を負担として処理することを非難する利益はないというべきであり、そのことを根拠に、被控訴人の本件各決定処分等を非難するのは、失当である。
(4) なお、控訴人らは、「被控訴人は、亡Aの財産について、D及びCが、いったん相続した後、控訴人らに対してその持分権を贈与したのと同じ賦課処分をしたものであり、1回の相続に当たって二重の賦課を行うものであって、不合理な処分といわざるを得ない。」などと主張する。
しかし、D及びCに対する相続税の原因事実は、相続開始による財産の取得という事実であり、控訴人らに対する贈与税の原因事実は、D及びCから財産の贈与を受けた事実であって、それぞれ異なった事実に対する課税であるから、同じ事実に二重の課税がされているわけではなく、控訴人らの上記主張は、失当である。
4 ところで、上記3(2)で説示したとおり、本件遺産分割協議は、C、D及びEの間における遺産分割協議とともに、C及びDから控訴人らに対する相続財産の一部の贈与契約が同日に締結されたものと解するのが相当であるが、このような考え方とは異なり、同協議の際、C及びDから控訴人らへの相続分の一部譲渡がされるとともに、これを前提として上記6名の間において遺産分割協議が同日にされたものと解する考え方もあり得ないではない。そこで、念のために、後者の考え方に立つことを前提にして、以下争点2、3について検討する。
(1) 争点2(共同相続人以外の者が共同相続人から相続分を譲り受け、その後の遺産分割により財産を取得した場合に相続税の納税義務者に該当するかどうか)について
ア 当裁判所も、共同相続人以外の者が共同相続人から相続分を譲り受け、その後の遺産分割により財産を取得した場合、当該相続分譲受人は、相続税の納税義務者に該当しないというべきであり、したがって、仮に控訴人らが本件遺産分割協議の際同遺産分割に先立ちC及びDから相続分の一部譲渡を受けたとしても、共同相続人ではない控訴人らは、相続税の納税義務者ではないものと判断する。その理由は、原判決の「事実及び理由」の第3の2(原判決16頁17行目から17頁16行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
イ 当審における控訴人らの主張に沿って、説明を付加する。
(ア) 控訴人らは、相続分の譲受人は、相続人たる地位をそのまま承継するのであるから、「相続に因り」財産を取得した個人と解し、相続税法上、相続税の納税義務者と解しても何ら差し支えない、「相続に因り」とは、「相続に起因して」あるいは「被相続人の死亡によって相続という法的事由が発生したことに因り」との意味と解釈すべきであるなどと主張する。
しかし、上記アで引用した原判決説示のとおり、相続税 法1条1号の「相続」は私法における「相続」と同じ意味に解すべきである。そして、共同相続人ではない相続分譲受人が相続財産の持分を取得するのは、相続によるものではなく、相続分の譲渡という人為的な行為によるものであるから、その財産取得の際に相続税が課せられる理由はない。したがって、控訴人らの上記主張は、採用できない。
(イ) 控訴人らは、「相続分の譲受人は、相続人と同じ資格で遺産分割協議に参加し、遺産分割の効果としては、相続の時にさかのぼるのであるから(民法909条本文)、相続分の譲受人は、はじめから相続人であったことになる。」と主張する。
しかし、この点については、上記アで引用した原判決17頁3行目から16行目までに説示のとおりである。さらに付言すれば、相続分の譲渡の効果が相続開始時にさかのぼる旨の規定はないから、少なくとも相続分の譲渡が共同相続人以外の者に対してされた場合は、相続分の譲渡は譲渡時に効力を生じ、その効力はさかのぼらないと解するのが相当であり、遺産分割のそ求効はそのまま適用されるわけではないというべきである。したがって、相続分譲受人は、譲渡人が相続人たる地位において承継取得した財産を、譲渡人から承継取得したことになるというべきである。
(ウ) 控訴人らは、「原判決は、第三者ないし被相続人が新たな法定外の相続人を創設することを許容するものではないと判示するが、民法は、相続分の譲渡という概念を認めており、相続分の譲受人は、譲渡人たる相続人の地位を包括的に譲り受け、譲渡人と法的に同一視されるとされているのであるから、相続分の譲渡は、民法が認めた例外というべきである。」と主張する。
しかし、相続分の譲渡は、相続財産に対する割合的持分を移転するものであるが、譲受人がこれによって相続人という身分を取得するわけではないから、民法がこれによって法定外の相続人の創設を認めたとはいえない。この点についての控訴人らの主張は、採用できない。
(エ) 控訴人らは、相続分の譲受人が遺産分割協議を経て相続財産を取得したことが贈与に当たるとすると、相続分の譲渡は、法定相続人がその相続分に応じていったん相続した相続財産の持分の一部を具体的に贈与する場合と異ならなくなり、これでは、相続分の譲渡なる概念を否定することに等しくなるとか、相続分の譲渡の効果として消極財産である債務を承継することの説明ができないなどと主張する。
しかし、相続分の譲渡によって移転される相続分は、前記のとおり、積極財産、消極財産を含めた包括的な相続財産全体に対して各共同相続人が有する割合的な持分をいうから、その譲渡行為の法的性質を贈与と解したからといって(有償である場合は売買ないしその類似行為と解することになる。)、相続分の譲渡なる概念を否定することに等しいとか、消極財産である債務を承継するとの説明ができないということにはならない。
(オ) その他、上記アの判断を左右するに足りる事情は認められない。
(2) 争点3(本件で控訴人らが遺産分割協議の結果得た利益に贈与税を課すのが相当かどうか)について
仮に本件遺産分割協議の際控訴人らに対しC及びDから相続分の譲渡がされたと解するとしても、上記のとおり、控訴人らは、相続税の納税義務者ではなく、亡Aの相続財産の割合的持分を対価を支払わないで譲り受け、本件遺産分割協議により不動産の持分を取得するに至ったのであるから、C及びDからこれらの財産の贈与を受けたものというべきである。したがって、控訴人らは、相続税法1条の2第1号にいう「贈与に因り財産を取得した個人」に当たり、贈与税が課されるべきである。これに反する控訴人らの主張は、採用できない。