相続弁護士が遺留分の相続税申告と納税資金対応を徹底的に解説

1 はじめに

 相続に関して遺言が作成され、その遺言が遺留分を侵害する内容であることは珍しくありません。近年は遺留分という権利に対する認識が広まり、弊所弁護士にも「遺言があるが遺留分を侵害されているのではないか」との相談が多く寄せられています。

 そして、このような相談の中には、相続税の申告・納税が必要になる遺産規模の事案が増加しています。

 相続人にとって、相続税の申告・納税は、遺産の取得額と並んで重要な事柄(懸案事項)であり、なかには、相続税の申告・納税について正しい知識がないために、「遺留分を請求したらすぐに相続税を納めないといけない」、「相続税は払っておくから」等の言葉に懐柔されて、遺留分を十分に取得できなかったという事例もあります。

 

 そこで、遺留分権利者が相続税の申告・納税に対する誤解により、権利行使を断念することがないように、今回は、遺留分を請求する際の相続税の申告・納税について解説をいたします。

 

2.遺留分侵害額請求権と相続税申告の関係ー問題点の整理ー 

 

 遺留分と相続税申告・納税の各論に入る前に、そもそもの問題点を整理しておきたいと思います。

 

 遺留分侵害額請求をした場合において相続税申告・納税の問題が生じるのは、

一言でいえば

 

遺留分侵害額請求権という権利を取得する時期と遺留分侵害額請求権

の金額が確定する時期にずれがあること

 

が原因です。

 

 遺留分侵害額請求権は、遺留分が侵害されているという客観的事実があれば民法1046条1項に基づいて発生します。もっとも、権利が発生しても、遺留分権利者が遺留分侵害額としていくらの金銭請求ができるかは、相手方支払額について合意するか裁判所の判決が確定をまたなければならないため、すぐには明らかになりません。そのため、遺留分権利者は、遺留分侵害額が確定する目の時点では『遺留分侵害額請求権という権利はあるけれども、その金額が未確定』という宙ぶらりんな状態におかれることになります。

 

 この宙ぶらりんな状態について、

①遺留分侵害額請求権という権利を取得している以上、相手方との関係で遺留分侵害額請求権の額が確定していなくても、相続税の申告・納税をすべきと考えれば、遺留分権利者は通常の期限(自己のために相続が開始したことを知ってから10ヵ月以内)に相続税を申告・納税することになります(※)。

他方、

②遺留分侵害額請求権の金額が相手方との関係で確定していない以上、申告・納税義務を課せないと考えれば、遺留分侵害額請求権の金額が確定するまでは相続税の申告納税は不要ということになります。

 

以上を前提として、3からは、遺留分と相続税申告について解説します。

 

※相手方との関係で遺留分侵害額請求権が確定していなくて、相続税の申告・納税との関係では、国税庁が遺留分侵害額請求権の算定方法を通達で規定すれば、相続税の申告・納税のために遺留分侵害額請求権の額を確定することは可能であり、後日、相手方との合意や判決により確定した金額が申告・納税時の金額と異なる場合は、更正の請求・修正申告等により調整することは理論的に可能と解されます。

 

3 遺留分の相続税申告

 それでは、ここからは、遺留分に関する相続税の実務上の運用について解説をします。まず、大前提として、相続税の申告・納税期限までに遺留分侵害額請求について相手方と合意又は判決が確定により遺留分侵害額請求の金額が確定した場合は、その確定金額を取得したものとして相続税を計算して申告・納税します。

 3-1 申告期限内に遺留分侵害額請求権の金額が確定しない場合の相続税申告 

 申告期限内に遺留分侵害額請求権の金額が確定しない場合に相続税の申告・納税を要するかは、上記2の①と②のどちらを重視するかという観点からの判断になりますが、税務実務上は、遺留分侵害額請求権の額が相手方との関係で確定するまでは相続税の申告・納税をする必要はないとの立場をとっています。

 

相続税基本通達

(裁判確定前の相続分)

11の2-4 相続税の申告書を提出する時又は課税価格及び相続税額を更正し、若しくは決定する時において、まだ法第32条第1項第2号、同項第3号、法施行令第8条第2項第1号又は第2号に掲げる事由(※)が未確定の場合には、当該事由がないものとした場合における各相続人の相続分を基礎として課税価格を計算することに取り扱うものとする。(昭39直審(資)30改正、平15課資2-1、平19課資2-5、課審6-3、平25課資2-10改正)

※相続税法32条1項3号「遺留分侵害額の請求に基づき支払うべき金銭の額が確定したこと。」

 

 したがって、遺留分侵害額請求をしたものの、その額が相手方との関係で未確定の間は、上記通達により、相続税の申告・納税をしなくてもよいということになります。

 

 3-2 遺留分解決後の相続税に関する手続き

 次に、遺留分侵害額請求権の額が相手方との関係で確定した場合は、遺留分権利者は、期限後申告又は修正申告をすることになります。

 

 遺言により遺留分以外に取得財産が全くない場合は期限後申告、遺留分以外に、一部財産を相続又は生前贈与されている場合は、これらの財産については、期限内に申告するため、確定した遺留分侵害額請求権分を追加取得したものとして、修正申告をすることになります。

 

 3-3 実務的な処理

 遺留分侵害額請求権の金額が確定した場合の相続税申告・納税の手続は上記2-2のとおりですが、実務上は、簡易な方法として、遺留分権利者が納税する金額を遺留分侵害額請求権の額から控除して、相手方が和解金を支払うという処理をすることが多くあります。

 

 遺留分侵害額請求権の金額が確定するまでの間、遺留分権利者は相続税の申告・納税をする必要がありませんが、この裏返しとして、相手方は将来遺留分侵害額請求により支払うべき金額も含めて相続税を申告・納税しています。

 

 そのため、遺留分権利者がその金額確定後、期限後申告・修正申告をして納税する金額と原則同じ金額が税務署から相手方に返還される(更正の請求)ことになります。

 

 そこで、より簡易な処理として、当事者間で納税額の調整をして遺留分侵害額請求権に対する支払い額を決定するという処理が行われています。

 

4 納税資金の確保

 相続税の処理について、上記3のように、当事者間で処理することとした場合は、納税資金の問題はありません。

 

 他方、遺留分権利者が個別に期限後申告・修正申告をする場合は、納税資金を確保できるよう支払い方法を決定する必要があります。特に、相続法改正により、遺留分侵害額請求に対する債務の支払いについて期限の許与の制度が新設され(1047条5項)、これにより、訴訟上はもちろん当事者間の協議においても期限の許与(一定期間経過後の一括払いや長期の分割)を求められる事例が予想されます。

 

 期限を許与した場合でも、遺留分侵害額請求権の額は確定しており、期限については申告・納税はまってくれません。したがって、期限を許与する場合でも、納税資金に問題がないか目配りをする必要があります。ご注意ください。

 

5 遺留分トラブル時の注意点

 5-1 相手方から遺留分問題が未解決でも遺留分について申告・納税する必要があるとの主張がされた場合

 

 既に解説で触れたとおり、遺留分侵害額請求権の額が確定するまでの間は、遺留分に相当部分は相続税の申告・納税の対象にする必要はありませんので、相手方の主張は間違いということになります。

 

 もっとも、一般的に遺留分を請求される相手方は相続税申告を依頼している税理士のアドバイスを受けており、他方、遺留分を請求する側は相談すべき専門家がいないという状況があります。このような状況で、上記のように遺留分侵害額請求権の額が確定していなくても相続税の申告・納税が必要と言われると、相談すべき専門家がいない遺留分権利者としては対応に不安を抱えることになってしまいます。

 

このような場合は、無理に自分で対応せずに、すぐに弁護士に相談して、アドバイスを受けることが正解です。

 

 5-2 遺言で一定の遺産が割り付けられている場合の注意点

 

 遺言により自己の相続分がゼロとされている場合(他の相続人に全財産を相続させるとされている場合)は、後述する贈与(相続時精算課税の適用を受けた贈与を含む)やみなし相続財産が存在する場合を除き、遺留分侵害額請求権の金額が確定するまで相続税の申告・納税は必要ありません。

 

 もっとも、遺言により、遺留分を確保するほどではないが、一定の遺産が割り付けられている場合は、この遺言により割り付けを受けた遺産については、申告期限までに相続税を申告・納税する必要があります。

 

 特に、現金等の金融資産が割り付けられている場合でも遺言執行者が引渡しをしない場合(通常、遺言執行者は遺留分侵害額請求をする相手方に指定されています)、不動産のみが割り付けられている場合等は、納税資金の問題があるため、早めの対応が必要になるため注意が必要です。

 

 5-3 相続開始から3年以内に贈与等を受けている等の場合

 

 遺言による定め以外に、相続開始から3年以内に贈与を受けている場合や3年以前でも相続時精算課税の適用を受けた贈与がある場合は、これらについての相続税の申告・納税が必要になります。

 

 また、生命保険金、死亡退職金、生命保険契約に関する権利又は定期金に関する権利は相続財産とみなされ、これらを取得した相続人は相続税の申告・納税が必要となります(相続税法3条1号)。

 

 したがって、遺言により遺産の割り当てがない場合又は割り当てが少額の場合でも、上記のような贈与やみなし相続財産が存在する場合は、遺留分以外のこれらの財産の取得については、相続税の申告・納税をする必要がありますので、ご注意ください。

 

6 まとめ

 一定の遺産規模の相続の場合、遺留分侵害額請求の関係と同時並行で相続税申告・納税の要否等にも目配せをしておく必要があります。遺留分侵害額請求の対応に絡んで相続税の申告・納税の要否が問題になりましたら、速やかに弁護士等の専門家にご相談されることをお勧めします。

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