相続と現金
相続が発生した場合、被相続人の現金の取扱いはどうなりますか
父の相続に関して、現在、遺産分割協議を行っていますが、話し合いがまと まるにはまだ時間がかかりそうです。そこで、現金だけでも遺産分割協議が成立する前に受け取ることはできないでしょうか?
遺産分割協議成立前に相続財産である現金を受け取ることはできません
相続発生後に現金を保管していた者が当該現金を金融機関に預けるなどして金銭債権に変化した場合でも同様です。現金は、相続開始により相続人間の共有になりますが(民法898条)、これは、相続財産全体に対して法定相続分に応じた共有持分権を有するに過ぎないため、相続開始により当然に現金が分割され、その分割された割合により相続人が現金を取得すると考えることはできないというのがその理由です。
実務的な視点からすれば、預貯金(特に普通預金・普通貯金)が現金に極めて近いものとして機能していることから、金銭債権同様に法律上当然に分割されると考えることも可能とも思えます。しかし、現金はあくまで「物」としての現金であり、物である現金に関しては、債権に関する民法427条のように当然に分割されるとの規定がない以上、原則どおり、相続人間で共有になり、遺産分割協議の成立前に受領することはできないとの結論にならざるを得ないと思われます。
参考裁判例等
東京高判昭和63年12月21日
現金は、被相続人の死亡により他の動産、不動産とともに相続人らの共有財産となり、相続人らは、被相続人の総財産(遺産)の上に法定相続分に応じた持分権を取得するだけであって、債権のように相続人らにおいて相続分に応じ て分割された額を当然に承継するものではないから、原告らの自ら認めるとおり相続人らの間でいまだ遺産分割の協議が成立していない以上、原告らは、本件現金(たとえ、相続開始後現金が金融機関に預けられ債権化しても、相続開 始時にさかのぼって金銭債権となるものではない。)に関し、法定相続分に応じた金員の引渡しを求めることはできない。
最判平成4年4月10日 ※東京高判昭和63年12月21日の上告審
相続人は、遺産の分割までの間は、相続開始時に存した金銭を相続財産として保管している他の相続人に対して、自己の相続分に相当する金銭の支払を求めることはできないと解するのが相当である。上告人らは、上告人ら及び被上告人がいずれも亡Dの相続人であるとして、その遺産分割前に、相続開始時にあった相続財産たる金銭を相続財産として保管中の被上告人に対し、右金銭のうち自己の相続分に相当する金銭の支払を求めているところ、上告人らの本訴請求を失当であるとした原審の判断は正当であって、その過程に所論の違法はない。